京都の南座といえば誰もが知る劇場であり、歌舞伎発祥の地。
祇園のシンボル的な建物であり、歴史を紡いできた聖地といっても過言ではないでしょう。
そんな有名な南座ですが、それに対して北座はどうなのか? そもそも北座自体は存在するのか? と、そのように一度は思われたことがあるはずです。
もし北座が存在していれば、間違いなく南座と同じく京都を代表する場所になっていたにちがいありません。
結論を言うと、現在は北座は存在しません。
が、実はその昔、祇園には【北座】が存在していたそうです。
ん? どう言うこと······ですよね。

これは北座跡地に建てられた現代の複合施設

そして、その場所にはこのような北座跡の石碑がたっています
地図を見てのとおり、北座があった場所はまさに南座と目と鼻の先。
およそ1600年代の頃、京都所司代(いわゆる京都の治安を守る機関)から四条河原町付近には7つの櫓(座)を置き、劇などを行う営業が許されていました。
その7つ座は、幾度なく火事にあいながらも頑張って営業してきましたが、明治の頃には【北座】と【南座】の2座のみとなり明治26年(25年とも)には惜しくも【北座】は廃業となってしまったようです。

北座跡の説明板

南座正面


もうはっきり言って、劇場を通り越してお城みたいですね!

桃山風破風造りの建物で登録有形文化財に登録されています。日本の劇場としては最古の建物だそうです。

正面に置かれる南座の提灯の大きさに圧巻!
過去に7つの座があった劇場も、いまは南座1つ残るのみ。
もし、現代において【北座】が残っていたとするならば、祇園町はどのような街になっていたのでしょうかね。


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